タクシー屋さん代表・野口達規|実は中卒ビリ男の苦悩の人生

株式会社 ジョブイントロダクション

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タクシー屋さん代表・野口達規|実は中卒ビリ男の苦悩の人生

中卒で苦悩の人生から一発逆転

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野口達規(のぐち たつき)/1976年9月12日生まれ(東京出身)

株式会社ジョブイントロダクション代表取締役・野口達規が今までどのような人生を歩み、タクシー運転手特化型職業紹介所「タクシー屋さん」を運営するに至ったかを人生経歴でまとめてみました。

1】少年時代はあがり症だった

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小学生の時には成績は中の下、喘息を患っていた為に周りからの薦めで少年野球に挑戦!

しかし、試合でミスをしたことを強く責められ、本番ではボールをキャッチする事すら出来なくなってしまいました。

「イップス」という症状らしいのですが、例えるなら「本番に弱くなる」という感じです。

そして、これをきっかけに挫折。

中学校では運動が出来ないというコンプレックスを克服するためギターリストを目指し中学校で軽音学部に入部し、バンド活動に挑戦!

 

高校進学も父が他界で中退

高校1年の夏、突然の父の他界。

このままでは家族の生活が出来なくなってしまう為、高校の軽音学部の仲間とのバンド活動を挫折し、高校も退学。

収入を得るため、16歳で印刷会社の工員として働き始めたが年収220万という低賃金で過酷な労働だったため長続きせずフリーターへ。


仲間とバイクの趣味を持つ

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最終学歴が中卒という事で定職に就くことが出来ず、ダメ男時代へ突入します。

バイクにはまり、仲間と夜な夜なツーリングを繰り返しては警察に指導されることもしばしば。この頃から中学校時代の容姿からは考えられないほど変貌していきます。

仕事をしながら、仲間と遊び、ギャンブルにもはまっていきます。

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借金500万!返済の人生

そして、22歳から5年間に渡ってギャンブルにはまり、借金を500万も作ってしまう。

これではまずいと思い、借金を返済するために歩合制の運送会社へ入社して借金返済の人生が始まります。

この頃に入った運送会社で歩合制の仕事をしていた為、社内でトップを目指し、1ヶ月間無休で働いたり、昼の仕事と夜の仕事とをダブルで組んでもらい昼間は宅配便の仕事をし、夜は長距離輸送をこなし、ギャンブルで作った借金500万を返すためだけの人生へ。

一番になる事への執着

日々、借金を返済する為に働き、約7年かかって完済する事が出来ました。

完済する事の達成感もあったと思いますが、そこで目覚めたのは、やれば出来るという自信、やって出来るなら何事にも一番になりたい!

一番になるという執着に目覚めて行きます。

趣味のバイクも再会し始め、負けず嫌いだった性格から独自でカスタムをし、当時のSNSに写真投稿を始め、新たな仲間が出来、バイク雑誌に取り上げられる事もありました。

最初は小さい記事でしたが、普通の人なら考えられないカスタムをし、最終的には一面を飾ることもあり、誰かに認めてもらいたいという承認欲求が強くなり始める。

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【6】悲願のトップセールス達成

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借金を完済し、タクシー会社に転職をします。

前職の運送会社で働いていたときに思った事は、体力と運転能力があれば誰でも稼げる単調な仕事をして人生を終えたくないという思いが強くなり、当時リーマンショックで低迷期を迎えていたタクシー業界でトップになるための挑戦を志し、その後2010年12月にタクシー会社に入社。

しかし、初乗務後3ヶ月で東日本大震災により更なる低迷期へ突入。

正直、タクシー会社に転職したタイミングとしては最悪でしたが、それでも稼いでいる先輩方が沢山いたので、挫折と挑戦を繰り返していた経験と、負けず嫌いの性格からこの仕事が一番自分に合っていると思った。

「自分に合った仕事」に出会え「一番になる事への執着」もあり、入社して2年で年間トップセールスを達成しました。

銀座1号乗場で緊急搬送

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トップセールスを達成したにもかかわらず、銀座1号乗場待機所でまさかの緊急搬送!!

ドクターストップにより、まさかのタクシー運転手引退!?

2ヶ月間の治療後、復帰のタイミングを医者と相談し就業可能の状態まで回復しましたが、まさかの乗務停止状態解禁ならず引退を決意。

しかし、以前から先を考えて、タクシー運転手の仕事をしながら運行管理の資格を取得していましたので、その考えが功を奏し、タクシー運転手から運行管理の道を進み始めます。

運行管理者では、運転手の教育や面接担当を任されていたので後身の育成や求職者との面接経験を経て配車係に抜擢、一年間の稼働率99.8%を達成!(稼働率で有名な会社)

隔日勤務のみのタクシー会社としては、日本一の実績を残し、タクシー会社で二冠を達成し新たな目標に挑戦する為、独立を決意する。



自身の会社を設立

運行管理の仕事をしながら、起業するための準備をし、様々な起業するための知識を独学で身につけていきました。

実はタクシー運転手をしている時に起業するための資金を貯めていたため、知識を身につければ起業出来るところまで準備していたんです。

そして、タクシー会社を退社し、株式会社ジョブイントロダクションを設立。

起業した理由

タクシー運転手や運行管理を経験することで気付いた事がありました。

タクシー会社に入社した新人に対して、会社のフォローが出来ていないと言う事です。

どうしたら売上を上げることが出来るのかという情報の落とし込みや、地理試験という入社して最初の難関について、タクシー会社独自の研修プログラムを持っていない会社が多い点、タクシー会社自体に地理試験突破の為の勉強方法や地理試験の教育スキルを持っていない管理者が多い点などから、研修生に独学で合格を目指してもらうという状態。

入社した人の中には、試験にいつまでも合格が出来ず退社していく人や、売上が伸びず満足いく給与が得られないために辞めていく人までいました。

それが一番気にかかっていました。

なぜ気にかかっていたかと言うと、私の父は生前、個人事業を起こし、困っている人への手助けの対価として代金を頂くことにより売り手、買い手が双方に幸せになるというビジネスモデルで成功していました。

その血筋を受け継ぎ、今までのタクシー経験を活かし、タクシー運転手として働いて悩んでいる人を助けたいと思っていました。

そして、今まで色々と勉強させてもらって今の自分があるので、タクシー業界への恩返しをしたいという気持ちも有り、少しでもタクシー業界の力になれないかと考えたのと同時に、タクシー業界の悪いイメージの払拭、タクシーの仕事を通して人生を再建出来た経験を一人でも多くの人に伝えたいという気持ちが独立を決意した理由です。

プロフィールまとめ

私の人生は挫折と挑戦を繰り返して来ましたが、自分にできる最小限の事を選択肢にしては前に進むことは出来ないと思っておりました。

自分が納得できる人生を手に入れるには最低限、自分に出来る最大限の事を選択肢に入れ、今の自分には出来ない事でも、行動し、挑戦し、努力すれば必ず成果が出ると信じる事が大事だと思っております。

過去の経歴、他人の評価、意見を気にして躊躇していては、人生の終末期をむかえた時、


「あの時にもっとこうしておけば良かった」


「何かに挑戦しておけば良かった」


「あの時の挑戦が成功していたら自分の人生は違っていたのだろうか」


と後悔する事になると思います。

私は現在41歳ですが、これからも自分に出来る最大限の事や自分がやりたい事へ挑戦し続け、人生の終末期に自分がやりたい事は全て出来た、「悔いはない」と思えるように頑張りたいです。


これだけ最後に言っておきます。


二つの道が目の前に現れた時、過去にその道を進んだ人の足跡に惑わされてはいけないと言う事です。

失敗する事もあるかもしれませんが、他人の足跡に惑わされる事なく自分の信じる道を進み続けた人だけが、自分にとって納得のいく人生を送れると思います。

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